恋の始まり。

2012/12/06(Thu)

キッチンに竹串でぶっすぶっす刺されたチーズケーキがあった。


この間、桜井が女の子に呼び出されて、お手製のお菓子を貰ってきた。
そのお返しで作ったらしい。
でも、今までのオーブンと焼き具合がぜんぜんちがくて
5分置きに扉を開けて竹串刺したらしい。



「その子のこと、好きなん?」

「そんなんじゃないけど」
「物を貰ったらお返しはしなきゃいけないやろ?」


馬鹿、
女の子が男の子にお菓子を作って渡すなんて
"あなたが好きです"って言ってるのとおんなじなんやで

それで手作りのお菓子なんぞお返ししたら
"僕も好きです"って言ってることとおんなじやで?


「・・・・」


その気が無いなら、そんなことしたらあかんよ。
その子を惑わせるだけやろ?


「そっか…」


「せやけど、そんくらいのことは分かるよな?」


「・・・・」




「その子のこと、好きなん?」

「そんなんじゃねーよ!」
「受験終わるまで恋愛とかキョーミないし!」
「それに」


それに、
はなちゃんのこと、好きだから
まだ、好きだから



そんなら
なんでわざわざテスト期間中に
こんなことしとんねん?
あなたらしくもない


「・・・・」



わからん
自分がわからんよ

好きとかじゃない
今までその子に関心すらなかったよ

ふざけんな、今そんなことにうつつを抜かしている場合じゃない
おれ、今受験生なんやでって思ってるよ。

そんで
おれ、はなちゃんが好きなんやで




否定すればするほどわけがわからなくなって
今アタマの中フットーしそうやろ?

そんな否定の言葉を念じながらケーキ焼いてんろ?

そして
それ持って、会いに行きたいんやろ?



彼は唇を噛んだ。
この人の気持ちは、どうしてこうも手に取るように解るのか。

たまに
桜井にも言われることがある。
みゆきはおれの分身か、って。

だから、わたしが隠し事をしても
彼もきっと解る



なぁ、
そのモヤモヤは
一度走りだしたらどうにもならんよ

気付いた頃には
どうにもならんようになってるねんで



「わかった。ケーキはあげない。」

「なんで?」


「誤解を与えてはいけない。期待を持たせてもいけない。」

「そうやな」


「今、オンナにうつつを抜かしてる場合じゃないし」
「自分の意思すら貫けないようなやつは、教師にはなれない!」

「そうやな」









***


煮込みうどんを啜りながら
携帯でSNSを盗み見ていた桜井がえっと言った。


「今、ウィルス性胃腸炎なんだって…」

「は?」

「その子、ウィルス性胃腸炎になったんだって」


あらあら、、かわいそうやん
こんな時期に



「ウィルス性胃腸炎ってどんなん?」

上から下から…お祭りやな。
消化器官スッカラカンになっても七転八倒して
水飲んでも吐くね。


「チーズケーキどころじゃなくね?」

そう…やな

「じゃ、アレ食べよっか」


ええの?
ほんまに食べてしもてええの?

「だってウィルス性胃腸炎なんだもん!」







少々出来の悪いチーズケーキは
恋の始まりの味がした


テスト明けのあさって、フットーした彼は
17kmくらい走りに出掛けるかもしれない

悲しいかな、わたしにはわかるんだ。


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