夕方、
まだ日が落ちていない頃、
ちょっと走りに行くかな、と玄関に出た時だった。
どこからか呻き声のようなものが聞こえた。
なんやろ
…
そう思って見廻すと、薄暗いリビングの隅で毛布にくるまり
蹲って泣いている桜井兄がいた。
帰ってきたのさえ知らなかった。
飛んで行って、どうしたん?!って声を掛けたけど
一瞬にしてその理由を察した。
それから、17にもなって声を上げて泣く彼の手をずっと握り締めていた。
暫くそうしていたんだけど
ようやく発した言葉が
「死にたい…!」
心がピアノ線のような細い糸でギリギリ締めつけられた。
解る方には解るやろ、
それはどんな言葉よりも、一番聞きたくない言葉やねん。
「大丈夫や、
ひとはそんなことで簡単に死ねやせんのやで、」
そう言ってみたけれど
ひとは死んでしまうんだ。
そんなことであっけなく。
「なぁ、走ろう。一緒に走ろう。
土手沿いを走りながら、大声で泣けばいい。」
そう言って手を引いたけど
首を横に振り頑なに動こうとしなかった。
「わかった。今日は哲の代わりに走ってくる」
そう言って玄関に出て靴紐をぎゅっと縛った。
今日だけは、何がなんでも1時間切ったる。
もし、切れたとしてもご褒美は要らない。
今日は哲のために走るねん。
アップもなしに走りだした。
彼の好きな曲だけをリピートしながら。
昨日の筋肉痛はないけれど、足が重たい。
でもな、
彼の心の痛みや重みはこんなもんじゃないねん。
走れ
走れ
走れ
miCoachのアナウンスは
3kmまで1km/5分台後半やった。
このまま行けば1時間切れると思った。
でも途中から
はなみずで息が出来なくて
ティッシュ持ってなくて
呼吸がめちゃくちゃになって
転んで
また泣いて
5kmも走ってないのに挫折した。
5km弱走って、
来た道5km弱歩いて帰った。
たかだか5km、
でも、もう走るのなんかいいわって思うくらい
きつい5kmやった。
帰り道、歩きながら
わたしがすべきことは、彼のために走ることでも一緒に泣いてやることでもなく
あたたかいご飯と、少しの酒を用意してやることなんじゃないか
そう思ってまた走り出した。
そのとき、
かあちゃんがICUでわたしの手を握り締めながら泣いていた気持ちを思い、
とうちゃんがくれた手紙にあった言葉を思い出した。
父ちゃんと母ちゃんで絶対に美幸の病気を治してやるから、
どんな方法でも良いと思う事は頑張ってみるから、
父ちゃんは、まだまだ死にたくないけど
もし 神様が美幸が幸せになる為に父ちゃんの命をささげなさいと言ったら、
父ちゃんは、美幸の為なら命はいらないよ。