手当て。

2013/07/22(Mon)

手を当てて、「手当て」という。
ほんとうにいい言葉だと思う。
治療の原点だとも思う。





人の心音(脈拍)は60~90くらいで
50を切ると臓器に良くない症状が出てくるそう。

金曜の早朝、
危篤の連絡を受けて病院に飛んで行った時は
酸素マスク越し息はしているものの、
心音も、息もいつ止まるかという状態だった。


心臓の動きが悪くなれば
他の器官に影響が出る。

まず腎臓が機能しなくなって、利尿剤を最大限投与してもおしっこが出なくなった。
足がむくみ、人の肌の色ではない色になって
わたしはそれを直視できなかった。

心音ももう止まるだろうという頃
そろそろです…と言われて覚悟を決めた。

それでも、
心許ない音を上げながら、心臓は動き続け、
夜を越し、朝になり
また夕刻を迎え、また夜を越した。
誰よりお医者様が驚いていらした。


その時身を持って体験したのは
ずっと手を繋ぎ、つらくないように、不安にならんようにと
大丈夫やで、つらくないで、って声を掛けるんやけど
そうしていると心拍数が上がるねん。

伝わっている。
手と手から力は伝わり

掛ける声はしっかり本人の生きたいっていう気力に繋がっている。

三日そう続けた結果
声を掛けている一時的ではなく平常的に
心音が30にまで戻った。
看護師さんは奇跡だと仰る。

ああ、「手当て」とはまさにこのことか。



それから先生に
今日は帰ってしっかり寝てきなさい、と言われて
昨日は夕方にうちに帰って
選挙に行って、家でごはんを作って食べて
少しの酒を飲んで8時間寝た。


何かあったら掛けつける、と言って授業を受けに行っていた桜井に、
病室を出るとき「落ち着いてきたので今日一旦帰ります。
晩ごはん作るお」と連絡したら

「ではごめん、ごはんはいいです。帰りが少し遅くなります」と言って
授業後楓のもとに走っていった。
帰ってきた桜井は
1時間しか会えなかったけれど、しっかり楓をぎゅっとしてきた。って言った。

桜井も知ってる。
手を繋ぐ、抱きしめる、話しかけるってことが
どれだけ大切なことなのかを。


きちんと相手の目を見て話しかけ、
親は子の手を、
恋人は恋人の手を
つらい思いをしている友人の手を
時には目の前の見ず知らずの人の手を
人は、いつのときもしっかり繋がなければいけないのだ。

それを怠っていなければ
きっと何があっても大丈夫やねん。

改めてそれを知った、16の夜。


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